六つの時であった。

 六つの時であった。
 中国の或る小さいお大名の御城下にいた。廃藩置県になって、県庁が隣国に置かれることになったので、城下は俄(にわか)に寂しくなった。
 お父様は殿様と御一しょに東京に出ていらっしゃる。お母様が、湛ももう大分大きくなったから、学校に遣(や)る前から、少しずつ物を教えて置かねばならないというので、毎朝仮名を教えたり、手習をさせたりして下さる。
 お父様は藩の時徒士(かち)であったが、それでも土塀(どべい)を繞(めぐ)らした門構の家にだけは住んでおられた。門の前はお濠(ほり)で、向うの岸は上(かみ)のお蔵である。
 或日お稽古が済むと、お母様は機を織っていらっしゃる。僕は「遊んでまいります」という一声を残して駈(か)け出した。
 この辺は屋敷町で、春になっても、柳も見えねば桜も見えない。内の塀の上から真赤な椿の花が見えて、お米蔵の側(そば)の臭橘(からたち)に薄緑の芽の吹いているのが見えるばかりである。
 西隣に空地がある。石瓦の散らばっている間に、げんげや菫(すみれ)の花が咲いている。僕はげんげを摘みはじめた。暫く摘んでいるうちに、前の日に近所の子が、男の癖に花なんぞを摘んで可笑(おか)しいと云ったことを思い出して、急に身の周囲(まわり)を見廻して花を棄てた。幸(さいわい)に誰も見ていなかった。僕はぼんやりして立っていた。晴れた麗(うらら)かな日であった。お母様の機を織ってお出(いで)なさる音が、ぎいとん、ぎいとんと聞える。
 空地を隔てて小原という家がある。主人は亡くなって四十ばかりの後家さんがいるのである。僕はふいとその家へ往く気になって、表口へ廻って駈け込んだ。
 草履(ぞうり)を脱ぎ散らして、障子をがらりと開けて飛び込んで見ると、おばさんはどこかの知らない娘と一しょに本を開けて見ていた。娘は赤いものずくめの着物で、髪を島田に結(い)っている。僕は子供ながら、この娘は町の方のものだと思った。おばさんも娘も、ひどく驚いたように顔を上げて僕を見た。二人の顔は真赤であった。僕は子供ながら、二人の様子が当前(あたりまえ)でないのが分って、異様に感じた。見れば開けてある本には、綺麗に彩色がしてある。
「おば様。そりゃあ何の絵本かのう」
 僕はつかつかと側へ往(い)った。娘は本を伏せて、おばさんの顔を見て笑った。表紙にも彩色がしてあって、見れば女の大きい顔が書いてあった。
 おばさんは娘の伏せた本を引ったくって開けて、僕の前に出して、絵の中の何物かを指ざして、こう云った。
「しずさあ。あんたはこれを何と思いんさるかの」
 娘は一層声を高くして笑った。僕は覗いて見たが、人物の姿勢が非常に複雑になっているので、どうもよく分らなかった。
「足じゃろうがの」
 おばさんも娘も一しょに大声で笑った。足ではなかったと見える。僕は非道(ひど)く侮辱せられたような心持がした。
「おば様。又来ます」
 僕はおばさんの待てというのを聴かずに、走って戸口を出た。
 僕は二人の見ていた絵の何物なるかを判断する智識を有せなかった。しかし二人の言語挙動を非道く異様に、しかも不愉快に感じた。そして何故か知らないが、この出来事をお母様に問うことを憚(はばか)った。
[PR]
by saculaculacula | 2006-04-05 21:28
<< 古い言葉 金井湛(しずか)君は >>